2019年1月27日日曜日

ドイツ、脱石炭に向けてスケジュールを確定

 ドイツ政府が設置した石炭委員会は、今年(2019年)1月25日から26日早朝にかけて行われていた最終会議において、褐炭(低質の石炭)の採掘を含め、石炭火力発電から段階的に撤退し、遅くとも2038年までに終了することで最終諮問案に合意しました。
 最終案では、脱石炭を実現するため、石炭産業の盛んな地域に対して国が構造改革などに全体で400億ユーロ(5兆2000億円)の公的補助を給付することが提案されています。

 諮問案はさらに、電気料金が高騰することを想定し、産業界と一般消費者も補助すべきだとして、補助の大枠も提案しています。また、電力会社とは損害賠償について話し合いをするよう、政府に求めました。

 今後、政府が諮問案を立法化することになります。

 脱原発の確定に向けては、ベルリン@対話工房の2019年1月26日のベルリーナールフトでも、青少年たちが学校の授業をボイコットしてまで最終会議が行われている経済省の前で、できるだけ早い脱石炭を求めて抗議デモをしたことを報告しました。

脱石炭を求めてデモする若者たち
デモで最初にスピーチしたルイーザ(女性)さんは、「石炭政策は将来政策ということ。石炭のない未来を早く実現してほしい」と訴えました。ドイツ南西部のマインツからきたマリース(男性)さんも、「これからまだ(地球上で)長く生きていかなければならない世代のための政治が必要なんだ。地球を守る政策は、社会政策でもある」と主張しました。

 再生可能エネルギーへ転換する政策が世代間に公平さをもたらす政策であること(「再エネいろは:再エネを拡大させるコストが、社会コストだといわれても。。。」)や、現在の経済が目先の成長を中心とし、持続的な成長に目を向けていないのは世代間の不公平さをもたらしていること(「目先の経済成長か、持続する経済成長か」)を、ベルリン@対話工房でも指摘しました。

 今回も、石炭政策が世代間の平等、公平さに関わる問題だということがはっきりしたと思います。

 脱石炭するのも、これまで化石燃料の恩恵を受けてきた世代の責任であり、その世代がコストを負担しない限り、世代間に公平さはもたらせられません。

 その意味では、まだ20年もかけて脱石炭を段階的に実現するのは、テンポが遅いといわなければなりません。石炭のおかげて豊かになってきた世代のぼくとしては、後ろめたさも感じさせられます。

 でも、石炭に関わりながらこれまで生きてきた人たちの生活のことも考えなければなりません。石炭産業には、統一後の大きな変化に耐え抜いてきた東ドイツの労働者もたくさん働いています。ここでまた急激な変化を強いるのは、かなり過酷だといわなければなりません。そのためには、時間が必要です。

 委員会に参加していたドイツの3大環境団体の代表は記者会見でそれぞれ、「合意された内容は自分たちが希望していた内容とはかけ離れているが、ドイツが脱石炭に向けて進むことが決定されたのは歴史的なことだ。脱石炭しないよりは脱石炭をはじめたほうがいいのだ」として、決定を評価していました。

 委員会の共同議長の一人で、元首相府大臣で、現在ドイツ鉄道の取締役を務めているロナルド・ポファラさんも、「歴史的な決定だ」と評しました。脱石炭に向けて莫大な資金負担が発生することについても、「ドイツはパリ条約を守るために国際的に(CO2を削減する)約束をしているのだから、それが守れないで高額の罰金を払うよりは、脱石炭に向けて国内で投資するほうが資金を有効に使うことになる」と、説明しました。

 ぼくはこのブログで、ぼくたちは現在、脱蒸気機関、脱内燃機関、つまり脱産業革命に向けて歩みだしていること(「脱石炭、脱炭素の本当の意味」)を書きました。今回の決定は、その第一歩であるといえます。

 それに伴い、社会が大きく変化するのは間違いありません。ドイツは何といっても、褐炭では世界最大の産出国です。将来社会がどうなるかも、わかっているわけではありません。それでも変化を恐れずに、将来のために正しいと思うことを行う。その勇気と決断力は、すごいとしかいいようがありません。

 またそれを、社会全体の課題、役割として決定する手法にも感心させられます。委員会には、政治ばかりでなく、経済、科学、労働、市民(環境)などいろいろな分野から代表が参加して、社会でコンセンサスを求める形になっていました。日本のように、市民の代表がアリバイとして、単におかざりとして参加しているわけではありません。

 環境団体の代表は、「自分たちがいなかったら、25日中に最終案で合意されていただろう」といっていました。

 もちろん、今回の決定は妥協の産物です。でも、これが民主主義だということでもあります。ぼくも、歴史的な決断だといいたいと思います。

まさお 

2019年1月20日日曜日

日立が英国の原発建設から撤退しても。。。

 日本の日立が英国での原発建設計画を凍結して、英国での原発建設から撤退することが決定されました。

 元々、原発建設にはたいへん大きなリスクが伴います。建設に莫大な投資が必要だし、減価償却にも約30年かかります。建設が遅れるのは当たり前で、建設遅延でまた莫大なコストが発生します。

 この資金上のリスクを民間企業だけで、それも発電ビジネスだけで負うのは、無理だといわなければなりません。原発建設を実現するには、これまでもそうだったように、政府が全面的に資金支援しない限り不可能です。

 再生可能エネルギーの普及でさらに、これまでの既存の大型設備による発電方法では競争力がないことも明らかになっています。ドイツでもうそうなっているように、発電だけではもうビジネスはできません。

 今世界の原発建設がこういう状態に陥っていることも把握しないで、日本政府は東電の福島第一原発事故後に、原発輸出を国の成長戦略としました。まったく無責任で、盲滅法な判断だったといわざるを得ません。

 ぼく自身、日本のプラント建設会社の国外現場で働いていたことがあります。その経験から、日本企業が国外経験なくして、いきなり国外で化学プラント建設を行うのは無理なことを知っています。ましてや、原発建設はもっと複雑で、たいへんです。国外で原発を建設したことのない日本の原子力産業に、そんなことができるはずがありません。

 まともな経済感覚があれば、ぼくは原発輸出は無理だと、いずれ手を引かざるを得なくなるだろうと思っていました。その通り、日本の原発輸出の話はすべてなくなってしまいました。

 でも、これで終わりではありません。

 たとえば今回問題となった英国では、たくさんの原発が高経年化しています。早急に新しい発電所を必要としています。原発を建設するには、政府や原子力産業は10年かからないといいますが、ぼくが見てきた限り、20年近くかかります。

 その間、電力をどう安定供給するのでしょうか。

 その割には、英国のエネルギー政策はのん気で、どうしたいのかよくわかりません。何とかなるさという気分でいるのは、BREXIT(EU離脱)と通じるものがあります。政治的には無責任ですが、それが現実なのかと思います。

 でも、電力はそれではすみません。その結果は、ブラックアウトです。

 それを回避するための代案は、既存の老朽化した原発を延命させることです。これは、リクスの大きい賭けです。他に何も準備をしていないので、そうならざるを得ないのかと心配になります。

 でも、そのための安全対策はしてあるかな。それも、心配の種。

 世界ではすでにその傾向がありますが、核燃料のウラン濃縮率を引き上げるほか、燃料交換の間隔を引き延ばすことも、さらに強化されていくのではないかと心配です。

 たとえ日本の原子力産業が撤退しても、原子力発電は終わりません。

 ロシアや中国、韓国の原子力産業が手ぐすねを引いて、原発を建設できるチャンスをねらっています。中国はすでに、フランス電力大手のEDFと連合して英国で原発を建設します。この英仏連合が日立の撤退で、英国でその立場をより強化することも予想されます。

 こうして見ると、日本の日立が原発建設から撤退しても、大きな変化がないどころか、原発がより危険になることが心配されます。

 この流れを変えるには、ドイツのように再生可能エネルギーに転換する以外にないと思います。それを世界に広げていくしかありません。

 そのほうがより早く発電設備を設置できるし、温暖化対策にもなります。

まさお

2019年1月13日日曜日

「再生可能」というのは適切なのかどうか?

 太陽光や風力、バイオマスなどは「再生可能エネルギー」といわれます。正確には、エネルギー源としたほうがいいのかもしれません。

 太陽光や風力で発電するとは、それを電気エネルギーに変換することです。発電された電気はさらに、照明に使えば光エネルギーに変えたことになります。冷蔵庫では、電気エネルギーを熱エネルギーに変換して使います。電気自動車では、電動機によって運動エネルギーに変えます。

 でも、ここで消費されたエネルギーが再び太陽エネルギーや風力エネルギーに戻るわけではありません。エネルギーは保存されていますから(エネルギー保存の法則)、何か別のエネルギーに変わったのです。

 たとえば電気自動車では、タイヤが地面との摩擦によって熱くなるので、運動エネルギーの一部が熱エネルギーに変わりました。

 ということは、元あったエネルギーが循環して元のエネルギーに変わるわけではないということです。それでも、太陽から光が届き、風も吹きます。

 となると、「再生可能」というのはどういう意味なのだろうかと、ぼくはちょっと疑問に思います。

 再生可能なので、「無限」だということなのか。ただ無限かどうかになると、太陽が永久に存在し続けるのかどうかとなると、ちょっと不安になります。だから、はっきりと無限だというのは躊躇されます。

 むしろ、「継続してある」とか「持続してある」という意味と解釈したほうがいいのかなと思います。そうすれば、無限性については触れないことになります。

 また「再生可能エネルギー」においては、小型で、地域分散型に進めることによって、持続可能な開発が 追求されるべきです。

 となると、たとえば「持続可能エネルギー」としたほうがいいのかなとも思いますが、どうですかね。

 でも「再生可能エネルギー」と定着してしまったので、そういう意味で使っているのだと思うしかないですね。ただ、「再生可能」とことば通りに解釈してはならないことは、知っておきたいと思います。

まさお

2019年1月6日日曜日

電力統計データの真相

 先日、ドイツの再生可能エネルギーの割合が40%を超えたと、ドイツから発信されているある日本人のブログに書いてあったということを聞きました。

 ぼくの知っている統計データでは35から38%だったので、その違いはどこからくるのか疑問になりました。ぼくは、再生可能エネルギーの割合が40%を超えたとするのはちょっと過大評価ではないかと思いました。

 ブロガーのデータは、フラウンホーファー・ソーラーエネルギーシステム研究所(ISE)という公的な研究機関が今年1月2日にニュースレターで発表した2018年の推計データでした。間違いはありません。

 それに対しドイツ電事連(BDEW)は、昨年クリスマス前の12月13日のプレスリリースで、2018年における再生可能エネルギーの割合を38%と発表しています。さらに12月19日のプレスリリースでは、二酸化炭素の排出量に関連した記事において2018年の再生可能エネルギーの割合を35%だとしています。

 38%はドイツ政府が再生可能エネルギー進捗状況のモニタリングを委託している研究機関の一つバーデン・ヴュルテムベルク太陽エネルギー水素研究センター(ZSW)とドイツ電事連が共同で推計したデータ、35%はドイツ電事連が推計したデータです。

 この違いは、どうして生まれるのでしょうか。

 ぼく自身も、電力に関する統計データを見る時にいつも気をつけている問題です。

 フラウンホーファー研究所のデータは、2018年1月1日から2018年12月31日までの独ライプツィヒ電力取引市場のデータをドイツ統計庁の2018年1月1日から2018年9月30日までのデータで補正し、残りを独自に推計して補正したものでした。電力取引市場のデータを使ったということは、電力が送電網に供給された電力量をベースにしています。

 これを、純発電量といいます。純発電量では、送電網に給電された電力量しか把握されません。発電された電力をそのまま自分で使った場合、その電力量が把握されていないということです。たとえば火力発電所や原子力発電所など大型発電所では、自分で発電した電力が発電所内でも多量に使われます。製鉄所などの大工場でも、工場内に発電所があり、発電された電力が工場内で消費されます。

 こうした自社発電自社消費した電力量は、ドイツのメディアによると、産業界全体で総発電量の10%に相当するといわれます。ただその分には、再生可能エネルギーがほとんど含まれていません。

 ということは、純発電量においては再生可能エネルギーの割合が必然的に高くなります。再生可能エネルギーの普及に伴い、自分の家で発電した電力を自分の家で消費する割合も増えています。しかし、その量はまだ少量です。

 それに対してドイツ電事連の35%は、総発電量を把握したものでした。つまり、発電されたすべての電力量を推計したものです。総発電量と純発電量で5%以上の差が出たことになります。

 それでは、ドイツ電事連の38%という数値は何を意味するのでしょうか。

 これは、総電力消費量における割合です。電力消費量で問題になるのは、ドイツが電力輸出国だということです。輸出された電力は、消費電力に属します。ただこの輸出国とは何を意味するかについても気をつけないといけません。

 ヨーロッパ大陸では、送電系統が連系されています。そのため、各国はお互いに電力を常にやり取りしています。たとえばドイツでは、北部で発電された電力はドイツ南部に送電するよりも、東西の隣国に送電したほうが送電距離が短いので、電圧が下がりません。

 ですから、各国は電力を隣国に輸出したり、輸入したりしています。ある時間帯には輸出国であっても、別の時間帯では輸入国であったりします。輸出国とは、年間を通した総電力輸出量が年間の総電力輸入量を上回ることをいいます。

 輸出された電力には、実際にはすべての電源で発電された電力が含まれているはずです。夜間風力が強いと、風力発電で発電された電力が輸出されている可能性があります。そうでない場合は、火力発電や原子力発電された電力が輸出されている可能性があります。

 でもヨーロッパでは統計上、輸出電力に再生可能エネルギーで発電された電力が含まていないことにすることで約束されています。

 ということは、ここでもどうしても再生可能エネルギーの割合が高くなります。

 電力統計には、さらにもう一つの問題があります。

 ドイツ電事連は、3カ月毎に電力統計データを発表します。そして年間のデータを把握するまでに、3カ月データ、6カ月データ、9カ月データ、12カ月データとデータ把握期間を増やしていきます。でも、再生可能エネルギーは天候に影響されやすいので、季節毎の変動が大きいという問題があります。そのため、前年同期との比較も発表されますが、これら中間の統計データは、あくまでも目安として見ておくべきだと思います。

 年間の統計データは、後で修正されます。中間統計データと年頭に発表される年間統計データは推計値です。推計値はその後修正されますが、再生可能エネルギーの割合は修正値においては、多くの場合下がります。

 電力の統計データには、こうした問題があることを知ってもらいたいと思います。再生可能エネルギーの割合の動向を知りたい場合は、定点観測することが大切だと思います。常に、同じところから発表されるデータを追いかけるということです。

 ぼく自身は、政府のモニタリング統計とドイツ電事連の統計を見るようにしています。

 なおドイツ政府は現在、再生可能エネルギーの割合を2030年までに65%に引き上げることを目標にしています。これは、総発電量における割合を意味します。

まさお

2018年12月2日日曜日

自家発電、自家消費のすすめ

 ぼくは、太陽光発電は屋根にソーラーパネルを設置して行うのが一番だと思っています。平地などで、出力の大きなメガソーラーを設置するのは適切ではないと思います。そのために森林や山の斜面などを切り開いて整地し、環境を破壊してまで発電するのは、再生可能エネルギーではないからです。

 ドイツでは10数年前に再生可能エネルギー法によって、メガソーラーで発電された電気の買取価格を結構引き上げたことがあります。それによって、一時メガソーラーがブームになりました。

 ただそれによって、電気料金がかなり高くなりました。一旦ブームになると、その分の発電量が増えるので、再生可能エネルギーで発電される電気を固定価格で買い取る固定価格買取制度(FIT)による負担が増えます。その負担は消費者全体に分配して電気料金で負担するので、電気料金が高騰します。

 ドイツでは現在、出力750kWを超えるメガソーラーは入札方式で電気の買取価格が確定します。その結果、メガソーラーで発電される電気の買取価格は下がってきました。ただその分、資金力のない市民がメガソーラーに投資しにくくなり、メガソーラーでは企業がますます有利になっています。

 メガソーラーに関しては、ぼくは最低以下の二つの条件を満たしてほしいと思います。
◦空き地をそのまま利用し、森林や山を切り開いて設置場所をつくらない
◦市民共同で出資して設置するなど、市民ベースの団体が設置するのを優先するか、それ以外の設置を認めない

 次に太陽光発電で大きな可能性をもたらしてくれるのが、工場や倉庫、公共施設、オフィス、集合住宅などです。屋根が大きいので、ソーラーパネルを設置する場所がたくさんあります。ドイツではここ数年来、この種の太陽光発電がブームになってきました。

 この種のソーラーパネルでも、市民が共同で出資して運用できます。工場や倉庫、公共施設は市民団体に屋根を貸せば、賃貸収入を得ることができます。集合住宅では、住民が共同で発電して電気を住民たちで消費できます。企業自身も、自社工場やオフィスで自家発電、自家消費できます。

 ところが昨日の記事でも書いたように、この種のソーラーパネルで発電される電気の買取価格が2019年からかなり引き下げられることになりました(2018年12月1日の記事「FIT制度をさらに改正」)。この改正は、太陽光発電を普及させる上では大きなマイナスだと思います。本来、この種の太陽光発電をもっと支援していかなければならないはずです。

 すでに述べたように、再生可能エネルギーで発電される電気の買取制度による負担が大きくなると、電気料金が上がります。それを防ぐためには、買取価格を引き下げるしかありません。そのために、今回の改正が行われました。

 陸上風力発電では、設置できる陸地には限界があります。再生可能エネルギーがある程度増えてくると、その割合をさらに増やしていく場所は、陸上では屋根しかなくなります。屋根はたくさんあるのだから、屋根にできるだけ多くのソーラーパネルを設置するしかありません。

 ソーラーパネルで発電される電気の買取価格を引き下げるのは、中国産のソーラーパネルの普及で、ソーラーパネルがとても安くなったからでもあります。それに伴い、電気の買取価格が高すぎると判断されたのだと思います。買取価格が高すぎると、バブルになる危険もあります。

 中国は国家戦略としてソーラーパネルを販売しているので、ドイツでもめっぽう安く買えます。これは、中国の公的補助といってもいいと思います。それなら中国の公的補助を使って、どんどん屋根にソーラーパネルを設置していけばいいのです。ドイツ国内のパネルメーカーを中国産から守るといっても、国内製造による雇用はたかが知れています。それなら、中国からの公的補助の恩恵に預かって、安いソーラーパネルをどんどん設置したほうが得策だと思います。

 また、小型蓄電池もかなり値崩れして安くなりました。ソーラーパネルを設置するには、蓄電池とセットで設置すべきだと思います。それによって自家発電、自家消費ができるようになり、余った電気は売ることができます。そうすれば、新しい収入源も生まれます。

 自家発電、自家消費するようになれば、法的に規制される電気の買取価格の影響も小さくなります。

まさお

2018年11月25日日曜日

脱石炭、脱炭素の本当の意味

 フランスでは、自動車の燃料税増税に反対して大規模な反政府デモが起こっています。

 ドイツでは、脱瀝青炭(普通、石炭といえばこちら)が今年(2018年)末で実現される予定です。さらに現在、脱褐炭(低品位の石炭)に向けても協議が続いています。脱褐炭する時期は、来年決定されると思います。またドイツでは、ディーゼル車の窒素酸化物排出問題で、一部の都市において裁判によって一部ディーゼル車の走行が禁止されました。

 ここで問題になっているのは、温室効果ガスによって温暖化が加速していることです。温暖化をストップさせないと、将来居住できない地域が出てくるなど、環境上、社会上、大きな問題が起こることが予想されます。

 温室効果ガスでは、二酸化炭素が温暖化の大きな要因になります。

 そのため、各国は燃料や排出される二酸化炭素に課税して、二酸化炭素の排出量を減らそうとしています。最終的には、二酸化炭素を排出しないようにするため、脱石炭や脱炭素することを目的にしています。

 ただぼくは、これは二酸化炭素を出さないという単なる結果論にすぎず、その原因となる問題を解決するほうが、根本的な問題解決になるのではないかと思います。

 石炭やガソリンといわれる化石燃料の中には、化学エネルギーがあります。石炭は、それを燃焼させることで化学エネルギーを熱エネルギーに変え、熱エネルギーで水を気化させて運動エネルギーに変換します。たとえば運動エネルギーで発電機を回せば、発電できます。これが、蒸気機関です。

 ガソリンは点火プラグを点火させてガソリンを爆発させることで、化学エネルギーを運動エネルギーに変えてピストンを動かします。これが、車を動かす原理です。これを、内燃機関といいます。

 石炭やガソリンにある化学エネルギーを熱エネルギーや運動エネルギーに変換させる時、二酸化炭素が排出されます。それは、石炭やガソリンなどの化石燃料の元である生物には、水と二酸化炭素が光エネルギーによって化学結合して、化学エネルギーが蓄えられていたからです。この反応のことを光合成というのは、中学校の理科の時間に習いました。

 こうして見ると、二酸化炭素は化学エネルギー変換のプロセスにおいて循環しているだけではないでしょうか。排出された二酸化炭素が再び生物に吸収されて、化学エネルギーが生物の中に蓄えられれば、二酸化炭素は再び生物の中に取り込まれます。

 この状態では、二酸化炭素は増えません。これを、カーボンニュートラルといいます。

 でも今、排出された二酸化炭素を吸収するだけの生物が十分にはありません。それは、化学エネルギーを蓄えていた石炭やガソリンが遠い過去に成長した生物を起源としているからです。過去に蓄積されていた二酸化炭素を吸収するだけの生物が今ないのは、当然の話です。

 そうなると、問題はむしろ二酸化炭素ではなく、過去の遺物である石炭やガソリンを使う技術にあるのではないでしょうか。つまり、過去に蓄積された化学エネルギーを蒸気機関と内燃機関で使うことに問題があるのです。この技術は、18世紀後半に起こった産業革命によって発明されました。

 蒸気機関と内燃機関において、カーボンニュートラルが確保できるのであれば問題ありません。蒸気機関では、太陽熱発電とバイオマス発電、内燃機関ではバイオガス発電がこれに相当します。それ以外の場合、蒸気機関や内燃機関を使うべきではありません。そうしない限り、温暖化を止める方法はないのではないかと思います。

 ぼくには、脱蒸気機関や脱内燃機関、あるいはむしろ脱産業革命といったほうが適切なように思います。産業革命から続いた産業時代に、一つの終止符が打たれようとしているのだと思います。

 それは、原子力発電にもいえることです。原子力発電も石炭火力発電と同じように、蒸気機関を利用しているからです。となると、原子力発電が温暖化対策になるという論理はおかしくないですか。

まさお

2018年11月18日日曜日

電気自動車へ移行させるのはいいけれど

 ドイツの自動車メーカー最大手のフォルクスヴァーゲン社は、自動車を電気自動車に切り替えるため、2023年までに300億ユーロ(約4兆円に相当)投資すると発表しました。2025年までに電気自動車を、現在の6車種から50車種以上にする計画です。

 その他、無人自動車や自動車のデジタル化などに140億ユーロ(2兆円弱に相当)投資するとしています。

 電気自動車化に向け、大胆なリストラを行うことになります。電気自動車の製造では部品数が激減するだけに、従業員が大幅に解雇されるのがたいへん気になります。しかし、同社は解雇するのではなく、新規採用を抑えて定年退職者が退社していくことで人員削減するとしています。

 まあ、ようやくかという気がしないでもありません。

 ドイツ政府が電気自動車化を国家戦略としていることがわかっていても、なかなか電気自動車化に乗り出せなかったドイツの自動車業界です。そのため、電気自動車の開発が遅れ、それに必要な蓄電池の製造工場さえドイツにはありません。

 そのため、蓄電池の製造では韓国や中国のメーカーと提携せざるを得なくなっています。フォルクスヴァーゲン社にとって、中国はたいへん重要な市場。中国ではこれまで通り、現地生産化を目指すとしています。

 日本のメーカーが挙がってこないのは、日本が遅れているからです。

 でもね、電気自動車化をいうだけでは意味がないんですよ。

 第8章⎡交通の未来⎦の⎡自動車メーカーが沈黙しているのは不思議⎦でいっているように、電気自動車は再生可能エネルギーで発電されたグリーン電力を使わないと意味がありません。

 ドイツでは、発電における再生可能エネルギーの割合が40%近くになったとはいえ、交通に電力を供給するには再生可能エネルギー化がもっと進まなければなりません。このままでは、火力発電や原子力発電された電力で電気自動車を走させることになりかねません。

 その意味で、フォルクスヴァーゲン社には電気自動車は再生可能エネルギーで走るものというしっかりした哲学を持ってほしかったのですがね。それが、再生可能エネルギーを促進させるインパクトにもなります。でも、それがありません。

 それが、将来に対する企業責任だと思うのですけどね。

まさお